公益財団法人ベネッセこども基金

活動実績

インクルーシブ教育理解促進のためのワークショップの開催

よりよい社会づくりにつながる学び支援

「よりよい社会づくりにつながる学び支援」の一環として、ベネッセこども基金では、社会にはさまざまな人がいるということを肯定的に体感する機会創出の支援、そして多様性を自然に尊重する日常をつくるための教育現場の在り方の検討を行っています。

昨年度は、インクルーシブ教育の実践に向けて取り組んでいる自治体の教育関係者とともに、ワークショップ「障がい理解教育はどうあるべきか」 を開催しました。
今年はその参加自治体の中から、自治体全体で特別支援教育の視点を育成することを目的に、広島県の指導主事研修として、ダイアログ・イン・ザ・ダークの体験とディスカッションを行いました。

非日常のリアルな体験から新しい視点を手に入れる

広島県教育委員会は、2018年に就任した平川理恵教育長のもと、国内でも先駆的な改革を進めてきました。国際バカロレア認定の中高一貫校「広島叡智学園」、異学年クラスで学ぶイエナプランを導入した「常石ともに学園」を設立(福山市教育委員会を支援)、校内フリースクール「SSR(スペシャルサポートルーム)」を県内35校に設置して不登校等児童生徒の社会的自立に向けた支援等を推進するなど、"子ども第一の視点"を軸に展開される取り組みは、全国から注目されています。

教育委員会においてダイアログ・イン・ザ・ダークを体験する研修は日本初。広島県の教育改革をさらに前に進めるために実施されることとなりました。対象は広島県教育委員会の指導主事(義務教育指導課、高校教育指導課、特別支援教育課、個別最適な学び担当、教育センター特別支援教育・教育相談部)等、合計71名です。平川教育長は、実施に至る思いを次のように語っています。

「学校を改善していくためには、指導主事の育成が重要です。毎日同じ仲間と同じ場所で生活する学校教育の現場では、日常とは異なる体験から新しい視点を手に入れる必要があります。広島県ではこれまでも他県や他市の現地視察を多く実施してきましたが、視察とは異なるリアルな体験として、ダイアログ・イン・ザ・ダークを取り入れたいと考えました。

昨年のワークショップ『障がい理解教育はどうあるべきか』を体験した県教育委員会の指導主事等からの勧めもあり、私自身、実際にダイアログ・イン・ザ・ダークを体験しました。暗闇では、参加者の肩書きや外見的特徴は取り払われ、不安な空間の中でどのように安心した関係性を構築するかを体感できます。これはまさに、特別支援教育の視点やチームビルディングの気づきを全ての学校現場に広げるために非常に大きな効果があると確信を持ちました」

ダイバーシティ教育、インクルーシブ教育に向けての課題

広島県内にダイアログ・イン・ザ・ダークの常設会場はありませんが、ある程度の広さの空間があり、目を凝らしても慣れることのない"純度100%の暗闇"さえ確保できれば、会場をつくることができます。今回は、広島県情報プラザの多目的ホール(広島県立図書館が所在する施設)に設営されました。

暗闇の中で行われるのは、今回の研修対象者に合わせたオリジナルプログラム。誰もが学校で体験したことのある「ある行事」を暗闇の中で行います。7〜8人のグループに分かれた9グループが、3回に分かれて体験。その後、ディスカッションを行い、個人の気づきをシェアします。これから何が始まるのかわからない状態でホール前のホワイエに集合した時には、静かな緊張感が漂っていました。

プログラム体験中は、ニックネームで呼び合うことで普段の肩書きから自由になります。何も見えない不安はありますが、人の視線も気になりません。白杖(視覚障がいのある人が使用する白い杖)を使って暗闇で行動し語り合う時間は、参加者にさまざまな変化をもたらしたようです。扉を開け、光ある世界に出てきた時には、ほおを紅潮させ、楽しげに笑い合う参加者の姿がありました。

参加者への体験前のアンケートでは、「ダイバーシティ教育(多様な個性が生かされる教育の実現)」や「インクルーシブ教育(障害のある者と障害のない者が共に学ぶ)」について「仕事の中で課題を感じている(とてもそう思う・ややそう思う)」と答えたのはどちらも55%以上。過半数を超えています。具体的には以下のような課題が挙げられました。

「不登校児童生徒への支援を学校と共有する中で、いわゆる『普通』とか『みんな』の中に馴染みにくい児童生徒がいる。この部分の学校との共通理解を進めていくうえでダイバーシティ教育やインクルーシブ教育は欠かせない」
「個別最適な学びの実現に向けて整備や研修を行なっているが、まだまだ多様な個性が生かされる教育を推進していかなければいけない」
「取組を推進するためには、心の持ち方・考え方(マインドセット)の転換が必要」
「多様なあり方を認める意識、一人ひとりの困難さを理解し助け合う風土という視点が重要。多様性を認め合える集団づくりが課題」

マインドセット転換のための体感的な理解促進のためにどうすればいいのか、そして、それをどう行動につなげるのかという課題を半数以上の参加者が抱えながら、研修が始まりました。

「何も見えない・見通しが立たない」不安を安心に変えたのは何か?

「目を凝らしても何も見えない」暗闇の中でアテンド(視覚障がいのある暗闇の案内人)と共に2時間を過ごした参加者は、別室に移動して1時間のディスカッションを行います。その体験は、参加者の本能的な反応と感情を大きく揺さぶったようでした。(以下、カギ括弧は参加者の声)

視覚を奪われ、頼れるものが初めて使う白杖と自分だけになったとき、ほとんどの人が「何が起こるかわからない」「見通しが立たない」「不安で怖い」「動けない」と感じます。その中で、見えていないにも関わらず暗闇を自由自在に移動するアテンドにサポートされ、その声に耳を傾け、グループの仲間の声を頼りに一歩ずつ足を進めるにつれて、暗闇でも安心を感じ、動けるようになっていきます。

「仲間の肩や手に触れる、触れられること」「声を出した時に返事をしてくれ距離感がわかった」「置いていかれそうになったとき、アテンドがスッと近づいて声をかけてくれた」というように、人の声や存在によって安心感を手にし、「周りの人に頼っていいという信頼関係が短時間で生まれて互いを受け止める関係性」ができていくようです。

声の出し方も人それぞれです。「不安だったのでとにかく声を出した」という人もいれば、「不安だったけど声を出せなかった」という人もいます。「見えないから動けない」という人もいれば、「見えないから知りたい。ワクワクした」という人もいました。それは、教室の子どもたちの個々の姿にも重なります。

「はじめてのことはイメージできないから不安になる」という体験をしたことで、普段の授業でも「見通しが立つようにすることが大事だとわかった」といいます。また、「あるレベルまで全員を上達させようとするのではなく、みんなが楽しめるようにはどうすればいいかという視点も授業に必要だと思った」という気づきもありました。

とりわけアテンドの姿勢や声掛けは、担任の子どもたちへの関わりと重なるようで、次々に意見が出されました。

「失敗したときに怒られるともうやりたくないと思ったかもしれない。『どうすればいいと思う?』と声をかけてくれたのでまたやってみようと思えた」
「失敗した時に申し訳なく思ったが、みんながフォローしてくれたので安心して取り組めた」
「アテンドの話を聞いていなかったのに、『わからなかったらもう一回聞いてね』と言ってくれた。教員は『どうして聞いてなかったの?』と言ってしまうことが多い」
「遅れてしまったときも『止まってちゃダメ!』『早く来なさい』ではなく『何に困っているの?』という声かけで安心できた」
「声にも表情があると思いました。アテンドの声のトーンで安心できた」

学校の環境に置き換えた時の気づき

暗闇に入ると、参加者は一瞬にしてその世界の弱者になります。アテンドの細やかな見守りの中、仲間同士で安心できる関係性を作り上げながら、助け合い、支え合って過ごした体験から、学校現場でも環境や関わり方を変えることで変えていくことができるのではないかという話に展開していきました。

「声を出しやすい雰囲気づくりが大事。職場でも声を出せない大人がいると思う」
「人に触れると安心する人、座ると安心する人など人それぞれだった。学校でも、不安に対してどう対処するかは本人が選べるといい」
「自分の選択を否定されない。それぞれのやり方があっていいと認めること」
「一人ひとりの行動の背景に目をむけることが大事。今日、Aさんは暗いところがとても怖いと言っていた。普段はそういう背景を知らないまま指導をしてしまっている」
「今日は1対8だけど、1対40だと難しい。教員のゆとりも必要」
「いかに安心感を持って学校に来られるようにするか。困ったときに誰かに頼れる、相談できるようにしたい」
「許す、許される環境づくりができるといい」
「視覚的な支援と言語での支援、両方必要だと思う。今日は視覚的な情報がほとんどなかったから、言葉で情報が欲しいと思った」
「教員同士もお互いにわからないことやできないこともあることを前提にして共有していくこと。子どもたちもそんな先生を見ていたら影響を受けると思う」



また、暗闇だからこそ、このような関係性になれたという意見もありました。 「暗闇が違いをなくしてくれた」「立場を忘れて話ができた」「暗闇だと自分自身になれる。目が見えると他人の目線や表情が気になる」「見られていない安心感もあった」「普段は気にして言えないことも今日は必死になって言った。新しい自分を表現できた」「常に見られている状態から一人になれる時間も必要だと思う」

これらの対話から、ダイアログ・イン・ザ・ダークを実際に現場の教員や子どもたちに体験してもらうことで「新しい人間関係の構築や学級集団づくりができると思う」「教員も保護者も体験すれば、大人が変わる。子どもは大人の影響を受ける」という声も上がりました。

教育委員会、学校の環境のデザインを再定義するきっかけに

研修を終えた後に記入したアンケートでは、研修効果について肯定的な評価をした人は、すべての項目において全体の84%以上を占めています。

資料提供:NPO法人学校の話をしよう



また、この3時間の研修を同僚や知り合いの教員、児童生徒に勧めたいという声も多く寄せられました。その理由として、次のような声が届いています。 「人はそれぞれ違うところがあるけど、それをお互いに認め合うことで、みんなが居心地の良い環境になっていくことを実感できたから」
「教員の持っている固定観念を崩すのに有益だと思うから」
「ダイバーシティ、インクルーシブという言葉を理解していると思っていたが、今回の体験を通して、自分がこれまでの経験等から得ている価値観で判断するのではなく、相手の思いや状況を、対話を通して知ったり感じたりすることの大切さに気づいたから」
「一度体験することにより、今までの見方や考え方が大きく変わるから。私自身、障がい者と共に学ぶことや多様性の受容について理解はしているものの、高い意識を持っているとは言えなかった。しかし、今回の体験を通じて意識が変わり、教育だけでなく、日常生活についても見方や考え方を大きく変えることができた」

事前アンケートで課題を感じていた参加者も、そうでない人も、この研修の効果を体感し、何らかの気づきや学びを得ることができたようです。

ダイアログ・イン・ザ・ダークを主宰する一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティの志村真介さんは、最終日のディスカッションの冒頭、次のように語っています。

「平成28年度から3年間、佐賀県の小学校4年生2000人が体験しました。体験前後のアンケートでは、さまざまな項目で変化がありました。

『友達のことを信頼できると思う』という他者への信頼感や、『自分自身に満足している』という自己肯定感、『自分の希望がいつか叶うと思う・自分は人のために何かができると思う』という自己効力感が上がっています。視覚に障がいのあるアテンドのスタッフたちは、どちらかというと日常では助けられる経験が多いのですが、ダイアログ・イン・ザ・ダークでは助ける経験をすることになります。つまり、アテンドにとっても誰かの役にたつ機会となるのです。

 そして、もう一つ、自分とは異なる文化を持っている人、特徴を持っている人への認識が変わります。それまでに障がい者と会ったことがない場合、障がい者に対して『怖い』という印象を持つ子どもたちも多いのですが、体験した後には『楽しそう』という数値が上がります。障がい者理解という言葉を超えて、新しい友達ができたような感覚を手にするのです」

志村さんの言葉は、この研修を体験した広島県教育委員会の指導主事、幹部の皆さんにも重なることかもしれません。

そして最後に、参加者の一人として研修に参加した平川教育長は、これからの展望を我々スタッフにこのように語りました。

「今回の研修では、学校でどのようにダイバーシティやインクルーシブということを実現できるのか、そして理想の教育とは何か、ということを役職を超えて語り合うことができました。共通体験をしたうえでの対話はとても大切だと改めて感じました。今まさに、教育委員会、そして学校の環境のデザインを再定義する時期だと考えています。この体験で得たことを指導主事を通して各学校に広く伝え、対話を進めていきたいと思います」

ベネッセこども基金は、この一歩を確実に現場での実践につなげ、社会にはさまざまな人がいるということを肯定的に体感する機会のお手伝いに、引き続き尽力したいと考えています。

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