活動実績
こどもの権利先進地区 尼崎の取り組み
2023年4月よりこども基本法が施行され、こども家庭庁が設立されました。それに伴い、子どもの権利条例を定める自治体も増えています。一方で、本当の意味で子どもたちの声に耳を傾け、子どもたちが権利の主体となって社会に参画できる自治体はどのぐらいあるのでしょうか?
子どもの権利をベースにした積極的な取り組みが全国に広がり、生きづらさを抱える子どもたちが1人でも減ることを願っています。
子どもの権利をベースとした取り組みが、いまなぜ必要なのか。全ての子どもたちが未来に希望を抱ける社会をつくるには、いま何が必要なのか。今回は、国内でも特に注目を集めている兵庫県尼崎市の子ども支援の取り組みをご紹介します。
子どもの育ち支援条例の理念を実現
「ひと咲きプラザ」
尼崎市内の阪急園田駅から徒歩圏内にある「あまがさき・ひと咲きプラザ」は、大学の跡地の譲渡を受けた施設です。子どもから大人まで全ての市民が生涯にわたって学び、育つことのできる総合拠点として整備されました。大学ならではのゆったりと広さのある敷地には、子育て中の親子、放課後の小学生、中高生や若者たちをはじめ、幅広い世代が毎日集まっています。
尼崎市は、「児童の権利に関する条約」(1989年国連にて採択・1994年日本も批准)に基づいて、2009年12月に「子どもの育ち支援条例」を制定しました。この条例の目的は「すべての子どもが健やかに育つ社会の実現」です。子どもの人権を守ることはもちろん、子どもの育ちを地域社会全体で支えることが大切な理念として掲げられています。保護者、地域住民、子どもの施設、事業者、尼崎市がそれぞれの役割を果たし、世代や担当を超えてつながり、連携しながら子どもを守り支えていくことの必要性を定めています。
「あまがさき・ひと咲きプラザは、その理念を実現するためのひとつの象徴的な施設群です」と、尼崎市こども政策監の能島裕介さんは言います。敷地内には市長事務部局、市教育委員会、兵庫県警の少年サポートセンター、兵庫県の児童相談所、民間の指定管理者、受託事業者、看護学校など子どもや若者に関わるさまざまな部署や団体があり、密に連携できる環境が整えられた国内最先端の施設だと言えそうです。
今回は、その中でも子どもの権利に深く関わる「ユース交流センター」、「子どもの育ち支援センターいくしあ」、「子どものための権利擁護委員会」についてお話をうかがいました。
街をつくる仕組みを若者から社会に広げたい
「ユース交流センター」
現在、全国的に若者の居場所が不足していますが、「ユース交流センター」は、ほかにあまり例を見ない中高生、若者の居場所です。キャッチコピーは「やりたいをやろう」。大学のラウンジのような空間に居心地の良いソファーや椅子がゆったりとならび、ビリヤードやゲームを楽しめるコーナーもあります。ボードゲームをして遊んだり、自習室で勉強したり、バンドの練習やおしゃべりを楽しんだりしながら、自由に過ごせます。運営スタッフはその中に自然に入って関係性を作り、支援が必要な若者は支援機関にもつなげています。
ユース交流センターは、尼崎コンソーシアムという4つの団体(ブレーンヒューマニティー、こうべユースネット、み・らいず2、ポノポノプレイス)の共同事業体が指定管理を受けて運営しています。センター長でありユースワーカーでもある片岡一樹さんは、その活動理念を次のように話してくださいました。
「私たちの活動の根幹はヨーロッパで始まったユースワークという若者支援の考え方にあります。ユースワークでは自分自身や他者、社会について学びながら若者が成長するサポートを目指しています。日本では、若者を社会に適応できるように教育的な活動をするサポートは増えていますが、若者が権利の主体として声を上げ、社会全体を作り直していく活動へのサポートはまだ多くありません。子どもの権利という点からも、この後者はとても重要な視点です。この両輪を大事にしているところが尼崎の特徴だと言えます」
さらに、この地域に住む若者たちの声を集めて行動につなげるユースカウンシル(若者協議会)という仕組みがあります。
ダンスの発表会、イラストの勉強会、廃止された公共施設を借りてのお化け屋敷、ラップで卒業ライブなど、身近な単発イベントを若者主体で実施するだけでなく、「Up to you!」というプログラムでは14歳から29歳までの20名ほどが話し合い、若者一人一人が直面する小さな困りごとから社会問題を考え、課題から解決策をまとめて市に提案。尼崎市と共に解決策を導き出して実行するという大きな取り組みもおこなっています。
2022年度には、尼崎市に初の常設スケートパークを作りたいという提案がありました。片岡さんは、スケートボードチームの代表だった吉金さん(20)のこの言葉がとても印象に残っていると教えてくださいました。
「これまでは、国は変わらない、どうせ言っても無駄だという言葉ばかり聞こえていたけど、自分たちが声を上げたら市役所の人たちが声を聞いて動いてくれた。アクションを起こせば変わるんだということを知りました」
吉金さんは、「自分たちの街を作る仕組みを若者から社会に広げていきたい」とも語っていたと言います。身の回りの小さな困りごとから社会を変えていくことができるという手応えは、若者たちだけでなく、地域の大人たちにとっても未来への大きな希望となりそうです。
小さな悩みからワンストップで相談できる
「子どもの育ち支援センターいくしあ」
敷地内の建物のひとつに、「いくしあ」と呼ばれる子どもの育ち支援センターがあります。3階建ての建物の入り口を入ると右手に受付、左手のホールには赤ちゃんがのびのびと遊べるマットスペースが広がっています。
乳幼児の親子も予約なしで訪れ、いつでも気軽に専門家に相談することができる施設です。「ここでは就学前から就学後の切れ目のない支援を目指している」とした上で、子ども青少年局いくしあ推進課長の東和幸さんは次のようにお話しくださいました。
「他市でも同じ傾向があるかと思いますが、尼崎市では近年、虐待の件数や不登校の件数が増加しています。発達障害ということばの認知が広がるにつれて、発達が気になるという保護者も増えています。それらは互いに重なる部分も多く、連携して支援する必要があります。他にも29歳までの青少年の引きこもり支援、ヤングケアラー支援も行っています。
小さな悩みも安心して相談でき、どんな相談にもワンストップで対応できるように窓口を一つにしています。同じ建物内に保健・福祉・教育に関連する部署があるのも、それぞれの専門的な知見を生かしながら深く連携する必要があるからです」
日常に通い慣れた場所で小さな悩みも安心して相談できる環境にあれば、困ったとき、いざという時にも相談の敷居は低くなるはずです。
いくしあには、市長部局としていくしあ推進課、児童相談所設置準備担当(令和8年にひと咲きプラザに尼崎市の児童相談所を設置予定)、子ども相談支援があり、教育委員会事務局として子ども教育支援課があります。1階は主に相談室、2階には事務室や、発達相談からつながる幼児支援教室や感覚統合室、プレイルーム、そして3街には不登校の児童生徒が通う教育支援室やスヌーズレンルーム(感覚刺激空間)も設置されていました。
特筆すべきは、全ての相談や支援履歴のデータを一元管理して、支援に必要な場合にはそのデータを共有できることです。個人情報の管理は徹底した上で、その個人や家族についての情報を得ることで立体的に相談者を捉え、支援の組み立てに活かすことができます。早期発見、早期対応を行うことで、深刻なケースに至る前にサポートする体制がしっかりと整えられています。
子どもの権利を守る仕組み
「子どものための権利擁護委員会」
このような子どもの育ち支援を支えているのは、国連の「児童の権利に関する条約」、そして尼崎市の「子どもの育ち支援条例」です。尼崎市では、学校などにおける体罰など深刻な事案が発生したこともあり、2021年4月に「子どもの育ち支援条例」を改正し、さらに子どもの権利を守るための仕組みを充実させました。そのひとつが「子どものための権利擁護委員会」です。
ユース交流センターの施設、アマブラリの2階には、尼崎市子どものための権利擁護委員会の部屋があり、18歳以下の子ども(もしくはその保護者)が無料で相談できます。
電話相談が多いようですが、ここでの相談内容も幅広く、小学生の友達との係活動の心配ごと、保護者からのインクルーシブ教育に関する相談、中学生の教員の関わりによる不登校の相談などが事例として紹介されました。
相談員が相談者である子どもの話をしっかり聴き、意思や意見を尊重して子どもにとって一番いい解決策を一緒に考えます。月2回の権利擁護委員会でケース協議を行い、必要な場合には専門委員や委員(弁護士、大学教授、臨床心理士など)が専門的な調査を行い、勧告や提言を行うこともあるそうです。
子どもの権利を守ることは
地域に大きな変化をもたらすチャンス
乳幼児から青年まで、そして地域の人たちも気軽に集える場所にこれだけの機能がまとまっている施設は日本にはまだあまり見当たりません。乳幼児期の親子から、どんなに小さなことでも相談でき、小中学生でもその意見を尊重して聞いてくれる場所があり、支えてくれる大人がいて、指導されるだけでなく共に考えながら成長することができる。
やりたいことを実現し、嫌なことを嫌だと言える。楽しいことを友達と共に作り上げることもできる。誰かに助けてと声をあげ、主体的に動くことで自分の住む地域を住みやすく変えていくこともできる。尼崎市では、子どもたちは、日々そうした手応えを感じながら育っていくことができそうです。
「お話しすると非常にうまくいっているように伝わるかもしれません。しかし、さまざまな所管が横の連携を進めることは、一筋縄ではいきません。このような施設ができたからすぐにうまくいくわけではなく、何度も何度も連携会議を持ち、見えてきた課題についてそれぞれの価値観や専門性を生かしながらアイデアを出し合って調整してきました。まだまだ改善し続けている毎日です」(こども政策監 能島さん)
子どもの権利を守るために行動することは、私たち大人にも大きな変化をもたらします。これまで以上に柔軟に考え、多様な視点を受け入れながら対話を繰り返さなければならない。それは大変なプロセスではありますが、その結果、私たち大人も一人ひとりの権利に改めて気づくことができるはずです。
全ての人にとってより善く住みやすい社会を築く力を、その地域が手にするヒントがここにあるのかもしれません。
ベネッセこども基金では、これからも子どもの権利に先駆的に取り組む地域や自治体を訪問し、発信してまいります。