公益財団法人ベネッセこども基金

コラム

防犯 小学生へ防犯を伝える際の難しさ

子どもの安心・安全を守る活動

専門家コラム:防犯編VOL.67
担当:安全インストラクター 武田信彦



「知らないおじさん」は、危険な人?

今年も夏休みが近づいてきました。夏休み前になると、多くの小学校で防犯セミナーが開催されます。学校によっては、セーフティ教室、防犯教室などとも呼ばれます。ちなみに、私も各地で講師を務めていますが、6月初旬には一週間ほど札幌市に滞在して、市内の各小学校で巡回実施しました。期間中、全9校で計17回、約1,900名の児童たちが参加。およそ3年ぶりの開催となり、テレビや新聞の取材も入るなど、関心度の高さを感じました。

また、ある日防犯セミナー実施のため、都内の小学校を訪問した時のこと。早めに会場入りしたところ、低学年児童を対象に別の講師が防犯セミナーを実施している最中でした。同じように「防犯」がテーマでも、講師の経歴や立場、視点が異なれば、セミナーの内容や手法、表現にも個性が表れるものです。また、決して楽しい内容とは言えない「防犯」を、低学年生に伝えることには苦労もあるものです。さて、拝見していたところ「危険な人」として「知らないおじさん」という表現が多用されていました。防犯啓発の広がりとともに、「知らない人には、気をつけろ」「不審者に注意」などの表現が広く一般化したため、特に違和感を覚えない人もいるかもしれません。
 
しかし、ここに、防犯教育の難しさが表れています。

防犯について話すときに気をつけたいこと

小学校での外部講師による防犯セミナーでは、授業時間45分の中で児童に防犯のポイントを伝える必要があります。そのため、子どもをねらう悪意・犯意のある人物像を、統計的に多い「知らないおじさん」とわかりやすく表現されたのかもしれません。でも、「知らないおじさん」のひとりである私自身、肩身がせまい思いをしました...。

 私は、子どもたちの安全を脅かす悪意・犯意ある人物像を「知らないおじさん」と表現することには、いくつか問題が生じてしまうと考えています。

1)防犯対策に"聖域"を生み出してしまう

 

ここでいう"聖域"とは、「ここは大丈夫」「このような人は安全」といった根拠のない安心感のことです。この聖域は、防犯対策上の弱点にもなってしまうものです。
ちなみに、防犯における聖域を作ることは、「知らないおじさんに注意」=「それ以外は安全な人たち」といった逆説にもつながります。実際、悪意・犯意ある人の年齢は、さまざまです。子どもから見れば、お兄さん、おじいさんの年齢層の人もいますし、女性が加害者になるケースもあります。また、「知っている人」「知らない人」という子どもとの面識の有無も、安全安心の根拠にはなり得ません。

   

2)差別的な意識が広がってしまう

 

私が、肩身のせまい思いをしたのは、差別意識の始まりを感じたからかもしれません。
いわゆる「不審者メール」で表記される人物像でも、圧倒的に男性が多いのは事実。しかし、だからといって防犯啓発の中で「男性が危険」と固定的な考え方を安易に用いることは避けるべきです。さらに、「女の子だから気をつけて」「知らないおじさんが危ない」など、防犯啓発を通して固定的、差別的な意識を広げることは、健全な社会のあり方に逆行しているといえます。


 

3)地域の見守り・助け合いの力を弱めてしまう

 

とくに「知らない人に気をつけろ」が広まったことで、地域での見守りが行いにくくなったとの声が増えています。「あいさつがしにくい...」「声をかけたら不審に思われる...」といった声もたくさん届いています。あいさつは、助け合いを生み出すために欠かせない最低限の信頼関係を築くものです。適度な距離感を保って健全に交わされるコミュニケーションは、犯罪行為が起きにくくなる安全バリア(自然監視)をも生み出す効果が期待できます。

防犯力はていねいに育んでいくもの

 

ちなみに、私の防犯セミナーでは、性別や年齢層、面識の有無を断定せず、あえて「人」と表現しています。「人から声をかけられたら...」「人にお願いごとをされたら...」といった表現です。

 

また、セミナーの後半で行う「ことわる」練習でも、とくにキャラクターを設定せず、いかなる人からも、不自然なお願い事や誘いがあった際は、「できません!」を言う練習をします。同時に、防犯ボランティアの方たちからのあいさつへの返事など、「できません!」を言わなくてもよいケースも練習することがポイントです。悪意・犯意がある者から身を守るだけではなく、助けてくれる人の存在や、助けてもらうことの大切さも伝えるのが防犯セミナーだからです。

 

防犯を扱う講師としては、年々バランス感覚を保つ難しさを感じていますが、子どもたちと向き合う際は、自分の心や体を守る大切なお話であると同時に、防犯によって差別や分断が生み出されることがないよう、未来への重要なメッセージだと自覚し、ていねいに伝えるよう努めています。

生きる力としての防犯力を、引き続き伝えていきたいと思います。

うさぎママのパトロール教室

うさぎママのパトロール教室主宰
安全インストラクター

武田 信彦 さん

犯罪防止NPOでの活動を経て、2006年より安全インストラクターとして活動を開始。「市民防犯」のパイオニアとして全国で講演やセミナーなど多数実施中。子どもたちを対象とした「安全ワークショップ」も好評を得ている。
著書には「SELF DEFENSE 「逃げるが勝ち」が身を守る」(講談社)ほかがある。



SNSでこの記事をシェアする

一覧に戻る