コラム
防犯 悪意にコントロールされない、"断る力"
専門家コラム:防犯編VOL.76
担当:安全インストラクター 武田信彦
あいさつは大切。断る力も大切。
新年度を迎えました。新型コロナウイルスに対する感染防止対策も緩和傾向となり、今年度こそ、参加体験型や参加者同士が交流するスタイルのプログラムについても、従来どおり実施できることを期待しています。一方、この春も各地で講師を務めましたが、相変わらずマスク着用で登壇しており、「マスクを外すタイミングが難しい...」と葛藤もしています。
さて、目黒区内では、「住区」と呼ばれる地域コミュニティが企画・運営する新小学1年生とその保護者を対象とした防犯セミナーを実施しました。小学校に入学する前に、自分を守る力や防犯の知識を知っておくこと、さらに、見守りをしてくれる地域の人たちや、これから同級生になる児童・保護者同士の顔合わせの場ともなる貴重な機会です。防犯を通して地域のきずなが育まれる素晴らしい時間の中、やや逆行するような内容も伝えなければいけないのが、辛いところです。
それは、「できません!」。すなわち、断る力です。私が実施する防犯セミナーでは、簡単な寸劇を通して「できません!」を判断する練習を行いますが、一歩間違えれば「地域では、あいさつやコミュニケーションはしなくてよい」といった間違ったメッセージを伝えることになりかねないため、細心の注意が必要となります。人との「あいさつ」は、助け合いの基礎の力にもなる、大切なこと。しかし、悪意や犯意ある者に心をコントロールされてしまうことは、重大な犯罪被害リスクを招くことになってしまうため、「断る力」も欠かせないのです。
悪意や犯意を見抜くのは難しい
私が実施する防犯セミナーでは、最後に「できません!」の練習を行います。子ども役の大人と、街で声をかける役の私。参加する児童たちは、子ども役の大人へ「できません!」を教えてあげる役割、としています。子ども役と声をかける役の二人のやりとりを児童たちが注意深く観察し、断る必要がある場合は大きな声で「できません!」と知らせてあげるのです。ここでのポイントは、街で声をかける役の私は、特定のキャラクター設定をしないこと。怖い雰囲気や、あやしい動きなどはせず、「普通の人」として話しかけます。外見や雰囲気だけで悪意や犯意を見抜くことは難しく、先入観を持たずに対応できるように練習したいからです。
わいせつ目的等で子どもをねらう悪意・犯意ある者は、警戒されないよう巧妙な手口を用いて心身をコントロールしようとします。また、いまだに「男の子だから大丈夫...」といった声も聞かれますが、そのような大人の安心感こそが男児の警戒心の薄れにつながってしまいます。性別問わずに、防犯意識は不可欠です。
「誘い」や「お願いごと」をされたら、「できません!」
あいさつや健全な会話は問題ありませんが、「お願いごと」「誘い」が出てきたら要注意。「食べて」「撮らせて」「触らせて」「ついて来て」「一緒に行こう」...など、一線を超える「変だな...」と感じるコミュニケーションが発生した場合は、「できません!」=断る力を発揮し、危険を感じたら自らの判断で逃げてしまいましょう。また、「変だな...」の基準はマニュアル化しづらいものです。プライベートな領域に踏み込んでくる、2人きりになろうとする...など、異変を察知する判断基準を持ち、身近な大人が情報や経験値を活かして一緒に考え、くり返し確認しておくことではぐくまれる力です。
キッパリ断ることが苦手な人は少なくありません。「断る力」は、日本における防犯対策で最も弱い部分なのかもしれません。学校でも練習する機会は、ありませんよね。児童・生徒の連れ去りやわいせつ等の犯罪被害、インターネットでの犯罪被害、そして、大人がねらわれる振り込め詐欺等の犯罪被害...。どれも、悪意・犯意ある者に心をコントロールされてしまうことで被害が重大化します。すぐにできる対処法は見出しにくいですが、日ごろからコミュニケーション力を鍛えることで、身を守る力をパワーアップさせたいものです。
安全インストラクター
武田 信彦 さん
犯罪防止NPOでの活動を経て、2006年より安全インストラクターとして活動を開始。「市民防犯」のパイオニアとして全国で講演やセミナーなど多数実施中。子どもたちを対象とした「安全ワークショップ」も好評を得ている。
著書には「SELF DEFENSE 「逃げるが勝ち」が身を守る」(講談社)ほかがある。