公益財団法人ベネッセこども基金

コラム

ネット 若者にとってスマホは"神様"?

子どもの安心・安全を守る活動

専門家コラム:ネット編VOL.47 担当:菅原 邦美

 「うちでは、子どもたちのテクノロジーの使用に制限をつけている。」
これは、かの有名なアップル創業者の一人、スティーブ・ジョブズの言葉です。
 「私の子どもたちには、14歳になるまでスマホは持たせなかった。」
これは、Windowsの生みの親である、ビル・ゲイツの言葉です。
彼は、スマホを持たせた後も細かくルールを決め、子どもたちにスクリーンタイムを厳しく制限していました。
 IT世界を席捲した二大巨頭が、実生活では子どもたちにデジタル機器の使用について厳しく制限をしていたことに驚きます。
誰よりもくわしく内情を知っている彼らの言葉だけに、非常に考えさせられるのではないでしょうか。


スマホ長時間利用の危険性

 今やスマホの利用率は、小学生60%、中学生90%、高校生ほぼ全員...と上昇し、インターネット利用率は、乳幼児においても0歳児で11%、1歳児では30%を超え、3歳児66%、5歳児81%と急増しています。(内閣府・令和4年度青少年のインターネット利用環境実態調査より)
 一応使用のルールはあっても、いつの間にか家庭でほぼ無制限で使用していることも。そうすると慢性的な睡眠不足にもつながってしまいます。

 近年、10代の睡眠不足は課題となっています。
 もともと10代は夜更かしする年代ではありますが、心身の健やかな成長のためにはしっかりと睡眠をとらなければならない時期でもあります。
 毎日3000~4000回近くスマホをスワイプし、脳の興奮状態が続くと、ベッドに入ってもなかなかその興奮は収まりません。
 ベッドの中で《眠りを誘う動画》を見ても、ますます目がさえて眠れない...なんていうことも。

 指一本であらゆる情報を見ることができ、発信も簡単にできる小さな機械・スマホ。しかしその使い方によっては、快感の原因となる脳内報酬系を活性化させる神経伝達物質・ドーパミンが大量に分泌される状態が続き、やがて心にマイナスの影響を与えてしまいます。
 一般的に男子はゲームにはまり、女子はSNSに費やす時間が長いとされていますが、いずれにせよ気づかぬうちに緊張状態が続いていたということは起こりうるでしょう。長く続けば、不安感やストレスの元となってしまいます。


 大好きなスマホ。
 片時も離れたくない、離さないスマホ。
 でも、使う時間が長ければ長いほどに、しんどくなり、なぜか気分が落ち込み、
 『幸せではない...。』
 と感じてしまう10代の姿が思い浮かびます。
 利用が長時間に及ぶほどその傾向は強くなり、精神的な不調につながってしまう場合もある一方、スクリーンタイム以外のこと...例えばスポーツに熱中する、誰かと会う、歌う、演奏するといったリアル行動をすると、つかの間の《幸福感》を感じる...つまり、元気になるという傾向がみられます。


スマホを断つために...

 数年前、私にこんなことを話した大学生がいました。

 彼は、小学生のころから柔道をしていました。高校2年の春に、分厚く大きな手に薄いスマホがいつもあるようになって、彼の生活はどんどん不健康になってきました。長時間利用による睡眠不足から不調をきたし、柔道の成績も落ちてきたのです。とはいえ、おもしろくなってきたスマホを制限できず、決めたルールは無いに等しく、親ともたびたび衝突しました。このままでは柔道による大学推薦入学も難しくなってきたというある日、部活の先生が彼の【根性をたたきなおす!】とばかり、大変厳しい稽古をつけられました。ふらふらになって帰宅した彼は、ようやく食事はしたものの、いつものようにスマホを開きあれこれ楽しむ力は残っていませんでした。バタンキューで寝落ちした彼は、翌朝いつになくすっきりと目覚めたのです。それはしばらく忘れていた体の細胞の覚醒とでもいえそうな目覚めでした。朝ご飯もおいしくて体が軽く、その日の部活での練習は気合十分で久しぶりに先生にもほめられました。

 彼の中で何かが変わった瞬間でした。
 それからというもの、彼はスマホをいじる余力を残さないよう、意識して自分にハードな練習とトレーニングを課し、生活習慣を戻していったのでした。
 「スマホどころではないくらいに、自分に厳しくしました。その方法しかありませんでした。」
 めでたく大学生になり、彼はスマホを楽しむ自分と、柔道やリアルな生活を満喫する自分のバランスをうまくとっているようでした。
 これはあくまで一例ですが、たとえスマホ中心の生活になってしまっても、何かのきっかけと気づきで自分を取り戻せるチャンスはあるということです。


スマホの中にいるのは"神様"か?それとも...

 しかしスマホから離れられなくなる人がみんな、彼のようにSNSやゲームの魅力にはまって...というパターンとは限りません。
 占いやスピリチュアル、霊視、祈祷、ヒーリング、お守りの待受画像といったサイトや動画が近年増加しているのをご存じでしょうか。
 心身の不調や不安をやわらげたい、安心できる居場所がほしいと思ったとき、その居場所をもネット上で探してしまうというのは、致し方ないことなのかもしれません。
 無料占いやタロットカードなどのサイトを開けば、『今日のあなた』、『あなたにもうすぐ訪れるチャンス』、『あなたは他人にこう思われている』といった動画が多数。 
 眠れないときはヒーリングや祈祷の動画を聞き流しながら寝落ちするという人も。
 何か一つコンテンツを見れば、類似したサイトやおすすめ動画も次々と出てきます。

 無料で見られるコンテンツから会員登録に誘導し、そのまま有料サービスにつなげるといった、見る側の不安な心理を利用したからくりも潜んでいます。生年月日などの個人情報を入力させる場合もあるでしょう。
 もちろん良心的なサイトもありますが、それだけではないのが実状。書籍・グッズの購入や投げ銭をうながしたり、サイト利用後に迷惑メールが来るようになったりといったこともよく聞かれます。
 もしこころが弱っているときに、このような悩める人の心理を巧みに利用したサイトに出会ってしまったら...。
 「"スマホの神様"!どうかわたしをたすけて‼」...そう思ってどんどん深みにはまってしまうかもしれません。
 まだ判断力の十分でない未成年の子どもであればなおのこと、そうした接点から守らなければなりません。

 AIやデジタル技術は、日々進化し続けています。
 人々はスマホに尋ね、スマホと会話し、スマホを信じる...もしかしたら、スマホはあなた以上にあなたのことを知っているのかもしれません。好みを熟知され、考える余裕もなくすすめられるコンテンツを見ているうちに、ほかの情報を得る機会をもたなくなり視野がせまくなる「フィルターバブル現象」にはまっていってしまう危険性も。
 人と人のつながりや共同体のあり方も変わり、季節行事も簡略化し消えつつある...大昔から畏怖され、人の生活を律し人生に意味を与えるという信仰の対象であった"神様"は、実生活では形だけのものになりつつあるのです。

 しかし一方で、人間の持つ弱さは結局"神様"のような存在の何かを求める...それが身近なスマホの中にあるような気がしてしまったら...?
 その"スマホの神様"は、そばにいてとりあえず何らかの答えを返してくれ、つらさをまぎらわせてくれるもの。さらには自分と同じように悩む人たちもそこにいて、耳ざわりのいい言葉がもらえることも。心地よい癒しや救いの言葉が多数響き合う中で、次第に考え方が極端になっていく「エコーチェンバー現象」につながっていくことも考えられます。
 しかしその"神様"は、スマホの電源が切れればその存在も消えてしまうのです。
 子どもたちがこうした存在に依存しないようにするためには、何ができるのでしょうか?


リアル世界 > ネット世界

 蝶の館や昆虫館を初めて作り、群馬県立ぐんま昆虫の森名誉館長であった昆虫学者の矢島稔先生(1930~2022)は、生前「夏休み子ども科学電話相談」や「全国こども電話相談室」に出演されていました。矢島先生はこんなことを話されています。

「子どもの昆虫体験がヴァーチャルになっているのが心配。インターネットでは、知識は得るが生き物との触れ合いがない。多感な幼児・学童期に自然に触れ、生きている本物を見る、触る、においをかぐ、温度・重さを五感で感じることが大切。ドキドキ・ワクワクの種を播き、育てていく。すべての生き物には 命 がある。生まれてから形を変え、戦い、繁殖し衰えて死んでいくということを知る。」
「生き抜くことはいかに大変なことか...。昆虫を通じ人間というもの、 "命" を考えるきっかけになる。」

 私の子どもたちがカブトムシを飼ったとき、8匹いた幼虫が生存競争の果てに3匹になっており親子で震えたことや、夏の水槽の水温の高さで足の生えてきたオタマジャクシが次々と死んでしまったことなどを思い出します。中でも、すべすべの手ざわりをいつくしむようにかわいがっていたアゲハチョウの青虫がサナギから羽化できず一夜明けて動かなくなっていた時の娘(当時小3)の姿が忘れられません。手のひらにのせたその小さな塊を、泣きながらなでて庭先に埋め、小さな手を合わせていました。
 この地球の命あるものはすべて、今を一生懸命に生きている仲間であり、命の重さは同じであり、人間の都合ではどうにもならないものだと、身をもって思い知らされる瞬間です。

 家族でリアルな体験をすることで、いろいろな瞬間をこころに刻み、共感し共鳴し、きずなを深め合うことが、ネット世界に引きずられることのない「ぶれない生き方の根っこ」を広げていくことかもしれませんね。
 悩みや愚痴もネットではなく、リアルに話しやすい雰囲気を整え、ついついスマホに没入してせまくなりがちな視野を広げてあげることも、保護者ならではの寄り添い方でしょう。

 「思い通りにならないこともあるけれど、楽しいことはいっぱい、いっぱいあるんだよ!!そしてそのヒントは、"スマホの神様"ではなく、自分の中にきっとあるよ!」って。


京都府警察ネット安心アドバイザー、京都市教育委員会情報モラル市民インストラクター、近畿総合通信局e-ネットキャラバン認定講師

菅原 邦美さん

ネットトラブルをきっかけにインターネットについて学びはじめ、ソーシャルメディアを含むインターネットの危険性・依存性について保護者目線で共に学び・考え・話し合い、子どもを見守る学校・地域に根差した啓発活動を続けている。

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