コラム
防犯 学校の安全対策、みんなで考える!
専門家コラム:防犯編VOL.89
担当:市民防犯インストラクター 武田信彦
危機管理マニュアルの「想定」を見直す
近年、小学生が被害にあう事件や事故のニュースを目にすることが多くなっています。最近でも、昼間の小学校に複数人の侵入者があり、教職員に暴行をはたらくという事件が発生してしまいました。こどもたちと教職員の方の安全な学校生活をおびやかす重大事件です。負傷された教職員の方々や児童の皆さんの心のケアが適切に行われますよう願うばかりです。
私は、年間を通して多くの小学校を訪れて防犯セミナーを実施しています。学校の安全対策について助言をしたり、文部科学省や教育委員会が実施する学校安全担当の教職員研修を担当したりしています。今回は、私の視点から、学校安全のポイントをまとめてみたいと思います。
学校の安全対策は、過去の重大事件の経験から、長年に渡り多くの知見が反映されて対策が練られてきました。また、学校保健安全法に基づき、全小学校で「危機管理マニュアル」も作成されています。一方、残念ながらたびたび侵入事件は発生しており、対策の難しさや課題は山積です。今回の事件では、教職員の皆さんが危機管理マニュアルの行動指針に基づきながらも、児童を守るため臨機応変に対応されたのだと思います。一方、マニュアル的な点からはいくつかの"想定外"があったのかもしれません。
・人物の想定外= 関係者(知人)による侵入&暴行
・人数の想定外= 複数名(2名)による侵入&暴行
・目的の想定外= 特定の人物をねらった疑い

危機管理マニュアルでは、「関係者」と「関係者以外」とを分ける傾向が強く、悪意・犯意ある者を「関係者以外」としてくくることがほとんどです。過去に発生した事件の経験を反映しているためか、侵入者対策というと①関係者以外の人物が、②単独で、③不特定多数をねらって侵入する、ということを想定しているのではないでしょうか。ただちに、想定の幅を広げる必要があります。
人物 : 悪意・犯意ある者は、特定の年齢や性別に限らず、存在しています。日本の防犯対策でいまだに語られる「知らない人には気をつけろ」では、防犯対策を弱めることになります。どのような人物であっても、言動に違和感がある場合は、警戒心を向ける必要があるのです。
人数 : 単独のみならず、複数による侵入も想定するべきです。複数で侵入する場合もあれば、同時多発的に侵入が発生する場合もあるかもしれません。いずれにせよ、"単独"への思い込みは、被害拡大を招く危険性があります。また、万が一事案が発生した場合は、その対応に全集中するのではなく、周囲へも意識を向けることがもとめられます。
目的 : 過去の経験から凶器等を用いた不特定多数への殺傷が想定されがちですが、特定の人物への攻撃や連れ去り(各種トラブル、ストーカー等)、動画撮影・配信、目的不明...といった想定も必要です。また、目的実行のため、悪意・犯意を隠して、関係者(保護者、地域住民、事業者等)を装う、困り事を装うなど巧みに侵入を試みることも想定されます。
学校ならではの対策の難しさ
とはいえ、現状の学校運営において、その安全対策には限界があります。理想的な対策といえば、警備の専門職の複数人配置、高度なセキュリティシステムの導入、防犯対策を考慮した外構と校舎設計...などでしょうが、導入されている学校はわずかです。そこには、「予算がない」「予算がつかない」の壁が立ちはだかるのです。教育現場の安全確保に対する意識レベルを社会全体で引き上げることが必要だと強く感じています。
また、特に公立の小学校の安全対策においては、特有の難しさもあります。
・「防犯対策」と「開かれた学校」のジレンマ
・広い面積を少人数でカバーする必要性
「私たちが体を張ってこどもたちを守ります!でも、校門は施錠しません...」
最近訪れた小学校の校長先生がおっしゃっていたコメントです。ここに、公立の小学校のあり方の難しさとジレンマが表れています。学校は、こどもが学ぶ場であると同時に、保護者や地域の皆さんがゆるやかにつながり合える貴重な公共の場でもあるのです。こどもを守るために閉じたいけれど、地域には開きたい...。
また、小学校の敷地面積と建物面積は広いです。特にかつての大規模校では、児童数や教職員数が減少する中で、広い面積を少ない人員でカバーしなければいけません。ここにも、侵入者対策の難しさがあります。

すぐにできる対策を確実に
私の立場からは、対処療法的なことしかお伝えできないのが心苦しいのですが、現状の学校安全の体制が続く中では、すぐにできることをすぐに行うことが重要です。追加の予算はかからないと思います。
・既存の防犯設備の確実な活用
・教職員の意識&チームワーク力の向上
防犯設備の活用の面からは、施錠こそが侵入防止の最善策です。
とはいえ、児童が登校している校舎を完全に施錠することはほぼ不可能ではないでしょうか。来校者が訪れる玄関は確実に施錠管理するべきですが、校庭への出入り口、体育館へ続く渡り廊下の出入り口などは、災害発生時の避難を考慮すると施錠できません。
すなわち、現状では、門と通用口を施錠することが先決であるといえます。そもそも、門はしっかり閉めておくこと。これは、教職員のみならず、来校する人たちの意識も欠かせませんね。日ごろの慣れで、いつの間にか開けっ放し...の状態をよく目にします。また、インターホンで確認して解錠するなど、マニュアルに基づいた対応を確実に行いましょう。
心は地域に開き、門と通用口は閉める...を実践いただきたいのです。
また、せっかく作成した危機管理マニュアルも、学校安全担当と管理職の先生だけが把握しているのでは効果を生みません。教職員全員が自分事として理解することで、一人ひとりが柔軟に行動できるための心構えとなり得ます。そのほか、防護・抵抗に使える道具の確認と配置、教職員間の連絡・警察への通報手段の確認、児童の避難・ロックダウンの手順...など、すぐにできることをすぐに行ってください。
チームワークとコミュニケーション力
そして、危機対応で重要な要素が、チームワークです。
現状の学校安全対策では、教職員のみなさんのチームワークこそが、いちばんの防犯力となり得ます。そのためには、コミュニケーションが大事!とくに危機的状況では、瞬発力あるコミュニケーションがもとめられます。いきなりできるものではありませんよね。日ごろから、気になることを伝え合える、相談ができる、アイディアを活かし合える、そして、あいさつや「ありがとう」を伝え合える雰囲気づくりが欠かせません。管理職の先生方が率先して、活性化していただければと思います。
ちなみに、コミュニケーションが豊かな学校は、校内に入るとすぐにわかります。元気なあいさつ、素早い声かけなど気持ちよく対応いただけるからです。これは、悪意・犯意ある者に対しても、行為が実行しにくくなる一定のインパクトがあるはずです。
いま、小学校の安全対策は新たな局面を迎えています。
こどもたちや教職員の方たちが、安全かつ安心して過ごすことができる学校のあり方を社会全体で真剣に考える必要があるといえるでしょう。
武田 信彦 さん
犯罪防止NPOでの実践活動を経て、2006年よりフリーの講師として活動。「市民防犯」のパイオニアとして全国で講演やセミナーなど多数実施するほか、中央省庁の助言も務める。こどもたちを対象とした体験型の防犯セミナーも好評を得ている。著書には「活かそうコミュ力!中高生からの防犯」(ぺりかん社)ほかがある。