公益財団法人ベネッセこども基金

プログラム活用事例

防犯 【海城中学校(東京都)観て、体験して、考える。演劇をつかった「安全」を考える取り組み~「安全ワークショップ」~

海城中学校(東京都)

子どもの安心・安全を守る活動

 1月15日、東京都新宿区の海城中学校で、中学1年生の生徒を対象にした「安全ワークショップ」が行われました。

 海城中学校は「国家・社会に有為な人材を育成する」という建学の精神のもと、リベラルでフェアな精神を持った「新しい紳士」の育成に力を注いでいます。コミュニケーション力、人間関係力を育んでいく目的から、20年ほど前から体験学習を積極的に取り入れています。

 同校国語科の中村陽一先生が委員長を務める、体験学習推進委員会が主体となり、3年前に導入した「安全ワークショップ」もその一つ。参加体験型の演劇ワークショップを行うNPO法人PAVLICに所属する俳優・演出家の方々、安全指導を行う武田信彦さん(安全インストラクター・「うさぎママのパトロール教室」主宰)との連携により、同校に入学して間もない4月から1学期に1回、約1時間30分のプログラムを3回行っています。

 集大成となる第3回のキーワードは、「ひとりの力、みんなの力、誰かを助ける力」。 一般的に「安全ワークショップ」の名称からイメージするのは、「人通りの少ない夜道で1人にならない」、「行き先を必ず誰かに伝えておく」、「知らない人から誘われてもついていかない」、あるいは防犯グッズや護身術といった、"自分の安全を守るため"の心がけや訓練ではないでしょうか。

 この安全ワークショップは少し異なります。目的は、自分と他者との関係性を上手に持ち、周囲にトラブルが起こりにくい環境を作ること。それが安全に暮らす基本だからです。そのために、クラスメイトや、ちょっとした知り合い、あるいは見知らぬ人と、どのようなコミュニケーションを取ればよいのか、気づきを得ることが目的です。

 「安全のベースになるのは、『ほどほどの快適さ』だと思っています。全員が100%快適な社会を作るのは難しい。自分だけ完璧な快適さを求めていると、周囲の人に不快な思いをさせて、そのことに気づかないし、ましてや困っている人を助けてなどあげられない。お互いがほどほどに快適である社会を目指せば、思いやり、気遣いをしあうといった周囲との協力が生まれてきます」と武田信彦さんは言います。

 ワークショップはPAVLICの俳優の皆さんによる演劇からスタート。 3人の同級生が下校している。態度も声も大きなCと、気弱そうなAが喋りながら歩く。少し後ろでイヤフォンをしてスマホを見ながら歩くB。突然Cが振り向いてBに「何見てんだよお前」といじりだし、Bの眼鏡を取り上げてふざける。そこに女性が道を尋ねてくる。

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 女性「あのすみません。道をお訊ねしたいんですが、千歳船橋コミュニティセンターの行き方って知ってますか?」

 Cは即座に、「あ、だめ、全然知らないんで、無理っす。なぁ、お前ら知らないよな。千歳船橋なんて知るわけないよな」 と冷たく突っぱねてしまう。その言い方がキツくて悪い雰囲気に。

 女性は失意とともにその場を去る。

 Bは動画に夢中で女性を見ていない。Aは、その女性の後ろ姿を何か言いたげに目で追う・・・。

 ここで一旦演技は終了。司会進行役の武田さんと演出のわたなべなおこさんの提案で、生徒はグループに分かれ、なぜこんな雰囲気になってしまったのか、何か女性を助ける方法はなかったのかを話し合い、発表します。

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 ・Bはスマホを持っていたのだから、グーグルマップで検索してあげればよかったではないか。

 ・Aは去っていく女の人をずっと見ていたけれど、何か言えたんじゃないのか。

 再登場した俳優の3人に意見を投げかけると、3人はまた会話を始めます。

C「そうだB、お前、なんで地図検索しなかったんだよ。人に道訊かれてたじゃん」

B「え?いつ?」(スマホに夢中で聞いていなかったため)

C「は?何言ってんだよ。千歳船橋ってどこって訊かれただろう」

B「知らないよ。ってかA、お前、千歳船橋に住んでたよね」

C「は?なにそれ、本当かよA」

A「え、ああ、住んでたけど」

C「なんで言わなかったんだよお前」

A「いや、そういう感じじゃないかなって。Cがもう、『俺たちわからないから』って言っちゃったんで、そのあと『俺知ってます』って言い出すの、なんか、ヘンっていうか・・・」

C「ふざけんなよ言えよ。なんだよ。俺が悪いみたいになってんじゃん」

B「そうだよね」

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C「お前もだよB。お前もスマホで笑えもしない動画なんてずっと見てるからじゃん。お前の眼鏡どうなってんだよ(眼鏡を取り上げる)」

B「ちょっと、おい!やめろよー!!(キレる)」

C「なんだよ。冗談だろ。キレるなよ」

B「いつも嫌だって言ってるだろ!眼鏡触られて嫌じゃないわけないだろ!」

 3人の雰囲気は最悪に。声が大きくてリーダー気取りのC、スマホ依存気味でコミュニケーション嫌いのB、気弱で言いたいことが言えないA。どこにでもいがちな3人の、どこにでもありがちな関係のもつれ。他人事と思えない生徒たちは引き込まれていきます。

 ここでいったん仕切り直し。劇団メンバーは、もう一度同じシチュエーションで、生徒たちの意見を取り入れて、劇をスタート。

 道を尋ねられたCの「お前ら知らないよな?」から「お前ら知ってる?」の一つの言葉の違いから、Aの記憶と、Bのグーグルマップの説明で、女性に無事、道案内をすることに成功したのでした。

 武田信彦さんはこうした経験をするプログラムについて、「中学1年生は、声の大きい子などが目立ち、誰かをからかったり、『面白いこと言えよ』などと言ってしまう年頃です。それが大きな問題になる前に、友達同士がどうお互いを尊敬し、認め合う関係性を作れるかどうかがとても重要です」と説明します。

 プログラムの後半は、生徒が6~7人のグループを作り、即興演劇のセッション。放課後の帰り道、生徒たちは、自転車で転んで動けない女性と道を塞がれて怒る車のドライバー、犬を探す人、道端で泣きわめく子どもなど、目の前に連続して表れるさまざまな状況に、声をかけ、対応していきます。

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 多くの生徒にとっては、初めての状況。こうした状況に遭遇した時に行動が起こせるかどうかは、シミュレーション練習をしているかどうかで、大きな差があると言います。 「普段のクラスのなかで、他人を馬鹿にしたりけなしたりして笑うのとは違う、困っている人を助ける凄さみたいな価値観があることを、経験してほしい。見て見ぬふりをしてやり過ごすのは楽ですが、そういう人生は、いろいろ詰まらないと思う。この経験が、いざ目の前に起きたときに、後悔するのではなく、一步踏み出す勇気になるといいと思います」と演出のわたなべなおこさんは言います。

 演技が終わると、俳優さんたちが生徒の対応について、「あのときこう言ってくれたのは凄い」、「私こういう気持ちだったんだけど、あの配慮が嬉しかった」と評価をします。生徒は褒められて照れくさそうですが、助けてもらった人の心理を聞いて、大きな気づきを得ます。

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 中村陽一先生は、この取り組みについて、

 「全3回の安全ワークショップは『学校の中でお互いが快適に生活するためには、こういうことを心がけなくてはいけないよ』『電車の中でのトラブルを避けるためには、こういうことに気をつけなくてはいけないよ』のように、ある大人が『あるべき姿』を情報、知識として一方的に伝達するものではありませんでした。ワークショップに参加した生徒たちが、お互いにコミュニケーションをとりながら課題をクリアしたり、他人と協力してトラブルの解決方法を創造したりする中で、日々を安全で快適に暮らす術を体験的に自ら学びとるような活動でした。そしてその方法は一つではありません。決まった正解もありません。その時々によって有効な振る舞い方は異なるはずです。生徒たちはワークショップの中で、言わば『答えのない問い』に取り組んだ訳ですが、そのような課題を他者と協働しながら解決しようとしたことに大きな意義があったように思います」と語ります。

 また、「このような活動で大切なのは、その体験を通してどのような『気づき』を得たのかということだと考えます。例えば、ふだん生徒たちが安心して快適に生活する空間を乱すようなことがあっても、それは『意識的』な行動ではなく、『無意識』の行動である場合が多いと考えられますが、そのような『無意識』が、ワークショップの中で『意識化』されることがあります。『自分はこんな風にして他人に迷惑をかけてしまうことがあるんだ』『自分はこんな風にしてクラスの雰囲気作りに貢献できるんだ』のように、ふだん気づかずにいた、自分の新たな一面に『気づく』ということです。活動の中で、そのような無意 識が意識化されるような『気づき』を得ることが、ワークショップの大きな意義なのだと思われます。そしてその『気づき』を定着させるために、活動後の『振り返り』も重要になってきます。生徒たちには3回のワークショップを通して得た『気づき』を活かしながら、お互いが快適な安心安全ベースの空間の中で学校生活を送っていって欲しいと願っています」とワークショップの成果に期待します。

 このような活動の効果は明確に出るようなものではないのかもしれませんが、中村先生自身は、3回のワークショップでの生徒の活動を通して良い感触を得ているようでした。

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 (左:中村陽一先生、右:武田信彦さん)

 みんなが「ほどほどに快適」であるということは、みなが他人の快適について配慮しているということ。そして、他人の困っていることに、気付き、助ける気持ちがあるということ。みながそういう大人になれたら、世の中はきっと安全で快適になることでしょう。

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