コラム
カナダと日本の交流で生まれた変化と、子どもの声を聴くことの大切さ
「子どもアドボカシー」という言葉を聞いたことがありますか。
カナダのトロントを拠点に活動する菊池幸工さんは、30年以上にわたり、社会的養護を受けるカナダと日本の子どもたちの国際交流を支援してきました。
その経験から、菊池さんは「子どもアドボカシー」によって、子どもたちが変化し、人生を力強く歩み始める姿を何度も目のあたりにしてきたと言います。
一般的に「子どもアドボカシー」とは、子どもの権利条約の重要な原則の1つ「自分の意見や考えを表明できる権利」をサポートするために、子どもの声を聴き、代弁することだと言われます。
しかし長年にわたり、子どもの権利擁護に携わってきた菊池さんは、「子どもアドボカシー」とは、もっと広い意味で、子どもが成長していく中で自分らしい生き方を取り戻し、人生を全うできるよう支援することだと考えるようになりました。
後編の今回は、カナダと日本の国際交流で生まれる子どもたちの変化や、日本における「子どもアドボカシー」の取り組みにについて菊池さんに伺いながら、「子どもの権利」を守ることの大切さについて考えます。
前編はコチラ菊池幸工(きくち こうこう)さん
カナダ・トロント大学修士課程修了。1986年にカナダのオンタリオ州トロントに移住。菊池コンサルティングサービスを立ち上げ、現在は、ソーシャルワークや「子どもアドボカシー」の研究・国際交流・執筆などを行う。
人生への前向きな変化と希望
― 菊池さんは長年、カナダと日本の社会的養護の子どもたちを支援されてきましたが、国際交流とは具体的にどのようなものになりますか。
支援団体が中心となって日本の養護施設の子どもたちから希望者を数名募り、カナダを訪問します。カナダには1~2週間ほど滞在し、青少年資源センター(Pape Adolescent Resource Center 通称:PARC)などの子どもを支援する施設を視察するなどして現地の社会的養護の若者たちとの交流を深めていきます。他にもワークショップや講演会に参加したりしながら、同じ環境で育った子どもたち同士がお互いの経験や思いを共有していきます。
※PARC...トロント市内の4つのChildren's Aid Society (通称CAS:日本の児童相談所に当たる)が州政府からが予算をもらい、共同で運営される組織です。社会擁護の子どもたちに様々なプログラムを提供して、自立のための支援を促します。
― 菊池さんは交流によって、子どもたちが力強く歩み始める姿を見てきたとおっしゃっていました。良い変化が起きるのはなぜだと思いますか。
日本の社会的養護の若者たちがカナダへ行って、まず驚くのは、同じ立場でも日本とカナダでは置かれている状況が随分違うことなんです。自分たちの権利を主張する活動をしてきたカナダの若者たちが、堂々と意見を述べる姿にも感銘を受けるようです。そして、「自分も声を出していい」「それを聴いてくれる大人がいる」ということにも気づきます。それだけで、こんなにも世の中が変わっていくのかと、実際に現実のこととして目で見て、知る力は大きいようです。だからこそ日本に帰ってから、自分でも何かしら動いてみて、自分の人生や社会を変えていきたいという前向きな気持ちになって帰ってくる子どもが多いのだと思います。
― 具体的には、どんな変化がありましたか?
高校3年生でプログラムに参加したある日本の若者は、それまで全く大学進学は考えていなかったのに、8月に帰国後、猛勉強をはじめました。結果、現役で国立大学に合格することができたんです。その後も、カナダへの留学という目標もできて、色んな団体を回って資金を集め、実際に留学を叶えました。また、イギリスの大学院に留学した若者もいます。
他にも、とても控えめでおとなしかった子ですが、日本のユースリーダーになったケースもあります。その子は施設制度を変えるために公聴会を開き、自分の意見を堂々と発言するようになりました。
国際交流に参加したカナダの若者たちの中にも、同じような変化が見られます。参加者のほとんどが、その後大学へ進学し、映像作家やジャーナリスト、弁護士といった専門的な仕事についています。交流を経験することで自己理解が深まり、個性を生かした仕事をしてみたいという希望を持つ若者が多いようです。世界や自分の人生への向き合い方が大きく変わるのだと思います。
子どもを信頼して任せ、見守る大人たち
― 他にも、日本で団体を立ち上げた若者がいると聞きました。
今でもよく覚えているのですが、高校1年生のときにプログラムに参加した中村みどりさんという方がいます。中村さんは、カナダでPARCを視察したんです。そこで、彼女は「こういう場所を日本にも作りたい」という強い思いを抱きました。その後、中村さんをはじめ、社会的養護の当事者である若者たち自身で、CVV(Children's Views & Voices)という団体を立ち上げました。団体の目的は、当事者の声を聴き、お互いにつながり合って発信していくことです。実際に、この団体があることで当事者同士のつながりが生まれ、なんと20年以上も活動が続いているんですよ。
― CVVではどのような活動が行われていますか。
設立当初の活動は、社会的養護の子どもたちに、「子どもの権利」について伝えることでした。しかし実際には、日本で「子どもの権利」への理解が根付いておらず、「子どもの権利」を伝えることは思った以上に難しかったようです。今は当事者同士で支え合えるように、ワークショップやイベントを開催したり、みんなで料理をしたりしながら経験を話し合うなどの活動がメインになっています。
印象的だったのはCVVが中心となり、カナダの若者たちを日本に招待したことです。このときは、日本の若者が企画からプログラムの実施まで、全て自分達で行ったんです。その様子が新聞にも取り上げられて大きな反響もありました。
他にも同じように団体を立ち上げた日本の若者たちが全国各地にいます。すごい変化だなと思いますね。
― 交流会の運営は全て若者たち自身が行っていると聞きました。そこにも「アドボカシー」の姿勢が表れていますね。
たしかに交流プログラムは、すべて若者たち自身の手で作り上げています。新しく参加する人のために、ワークショップやイベントを企画したりもします。それを経験した人が今度はリーダーになって、自分の知識や経験を次の世代に引き継いでいくんです。大人たちは基本的に見守って、必要なときだけサポートします。
ときには若者たちが、大人向けに「子どもの権利」についての工夫を凝らした研修プログラムを開催することもあります。研修やイベントの後には、必ず反省会をします。「あの時は、どうして、こうしなかったんだ?」などと喧嘩のように熱くなることも多々あります。でも、遠慮なく言い合った後は、最終的にまとまるんです。もちろん、時には思うようにはいかないこともあります。でも大人たちは一貫して若者を信頼して任せて、支える姿勢を貫きます。
日本の子どもの権利擁護システムの未来は?
― 日本の「子どもアドボカシー」に関する取り組みには、どのようなものがありますか。
私は現場にいないので詳しいことは分からないのですが、最近の動きについていくつか聞いています。数年前から日本では「訪問アドボカシー」の取り組みが始まったそうです。これは子どもの話を聞いて、問題が解決するまで共に行動し「アドボカシー活動」を担う専門家である「アドボキット」が定期的に施設に通い、子どもの話を聴く取り組みです。この方法で、子どもが抱えている問題を早期に発見したり、考えを確認したりすることができます。
ただ、まだ課題はあるようです。まず、日本では子どもたちにアドボキットの役割が充分に理解されていないために、子どもたちが話しづらいという問題があります。もう1つの課題は、子どもから話を聴いて伝えることはできても、問題解決になかなか至らない点です。日本では「アドボキット」に法的な権限が与えられていないので、問題解決に向けての力が弱いからだと思います。
― そこが、カナダとは違うところなのでしょうか。
そうですね。カナダと日本では子どもの権利擁護に関する制度に大きな違いがあります。カナダでは、子どもの意見表明を受け止めることが法律で定められていて、専門の機関も存在するんです。一方、日本は「子ども基本法」で子どもの意見表明の権利を認めてはいますが、それを聞く機関を法的に定めていません。この点で、日本の状況はまだ不十分だと言えると思います。
ただ、アドボキットが実際に現場に入っていくことで、良い変化も起きています。子どもたちが意見を言いやすくなったり、担当者が実態を知ることで状況が改善されたりすることもあるようです。でも、現状では個人の能力に頼る部分が大きいようです。私は「子どもアドボカシー」を根付かせるためにも、法的根拠をつけ、予算もしっかりと確保することが重要だと考えています。
日本の「子どもアドボカシー」はまだ始まったばかりです。やってみて明らかになったことを分析して、改善を重ねていけば、きっと素晴らしいシステムができるはずです。カナダのオンタリオ州も、30年以上かけて現在のシステムを作り上げてきました。諦めずに改善し続けることが、何より大切だと思います。
子どもの声が大人の助けになる
― 今の日本で「子どもの権利」を守るためには、どのようなことが必要でしょうか。
まず大事なのは、学校や施設で子どもに「意見表明の権利」をしっかり教えることです。教え方も、ただ教えるだけではなく、ワークショップ形式で実践的に学ぶ機会を作れるとよいと思います。「今までは出来ないと思っていたかもしれないけど、実はあなたにはこういう権利があるから、この状況ではこれができるんです」と、具体的な例を使って繰り返し教える場をつくることが大切です。ユニセフのホームページには、子どもの権利について学ぶためのカードや実践例があるので、参考になるかもしれません。
― 子どもたちが声を出すのを促すのに、抵抗がある施設職員や先生方もいるかもしれません。
確かに、子どもに意見表明の権利があると伝えることで、自分たちが批判されるのではないかと心配される方もいるかもしれません。でも、それは誤解だと思うのです。実際には、逆の効果があって、むしろ子どもから意見をもらえるほうが助かる場面も多いのです。カナダでの経験から、「子どもたちはこういうことを望んでいるのか」とか、「ここは子どもに助けてもらって一緒にやろう」など、子どもたちからたくさんの有益な意見がもらえる様子を見てきました。先生や職員が一方的に教えたり管理したりするのではなく、本音でコミュニケーションを重ねることで、子どもと一緒に相談しながら動ける仲間のような関係になることができます。
― 子どもの権利擁護の活動に携わってこられて、菊池さん自身に変化はありましたか。
まず、子育てをする中で、子どもの権利を強く意識するようになりました。それに、子どもたちを見る目が、大きく変わりましたね。子どもたちは、10年もすれば大人になり、将来この国を支えていく存在になります。つまり、今の子どもたちが、どのように育っていくかが、次の社会のあり方を決めていくことになると思うのです。だからこそ、子どもにどう向き合い、どう接していくか、真剣に考えることが大切ではないでしょうか。
2024年7.8月に、ベネッセこども基金と認定NPO法人ピースウィンズ・ジャパンが、日本とカナダの若者たち(児童養護施設の子どもたちを含む)が交流する会を主催し、菊池幸工さんにもコーディネート・通訳・研修などの支援をして頂きました。自分の意見や将来の希望をはっきりと伝えるカナダの子どもたちとの交流で、日本の子どもたちにどのような変化が起こったのか?
その様子も今後お届けの予定ですので、ご期待ください。
構成/柳澤聖子