公益財団法人ベネッセこども基金

コラム

「自分の声には価値がある」カナダのユースとの交流を通して、子どもたちに芽生えた変化

子どもの安心・安全を守る活動


トロント

日本では2023年4月より「こども基本法」が施行され、「子どもの権利」が法律に明記されました。 子どもたちの権利が保障され、それぞれが尊重される社会になるよう、ベネッセこども基金では「子どもの権利」の推進に取り組んでいます。 その一環として始まったのが、今回レポートする児童養護施設の子どもたちを対象としたカナダと日本の交流事業支援です。

カナダ・オンタリオ州トロントでの「子どもアドボカシー」に関する取り組みで、子どもたちが大きく変化し、人生を力強く歩む事例が多くあることを知った私たちは、現地の先進的な事例を取り入れた支援をしたいと考えました。

2024年度から認定NPO法人ピースウィンズ・ジャパン、社会起業家の白井智子氏、そして児童養護施設と多くのネットワークを持つNPO法人チャイボラとの協働で、カナダと日本の社会的養護の経験者である当事者ユース(以下ユース)の交流事業プログラムをはじめました。
この事業では児童養護施設の子どもたちが海外での短期留学を通じて視野を広げ、自分の可能性や将来の夢に気づく機会を提供することを目指しています。
ベネッセこども基金は本プロジェクトに、現地コーディネーターや中高生向けの研修に携わっています。

2024年7月末には、日本の児童養護施設の子どもたちを含む高校生たち8名が、1週間トロントに滞在しました。 現地では、社会的養護のユースたちとの交流、公聴会での発表、ボランティア活動に参加。 日本とは異なる常識や考え方、文化に日々触れながら、子どもたちの表情は日に日に「自分にも、できるかも」という自信と可能性に満ちたものになってきました。
帰国後には、自分の声の価値を認識し、自信を持って主体的に行動を始める子どもたちも現れ、大きな変化が見られました。

なぜカナダと日本のユースの交流が、子どもたちにこれほどの変化をもたらしたのでしょうか。 このレポートでは、2024年7月のカナダと日本のユースの交流事業の内容と、子どもたちに起きた日々の変化をお伝えしていきます。


※「子どもアドボカシー」: 子どもの権利条約の重要な原則の一つ「自分の意見や考えを表明できる権利」をサポートするために、子どもの声を聴いたり、代弁したりすることだと言われます。

■なぜ、カナダのオンタリオ州なのか?

カナダ・オンタリオ州では、「子どもの権利」を含む人権擁護のために、国・州・市の重層的な法整備が行われており、日本よりも30年前から子どもの権利の取り組みに力を入れている子どもの権利の先進地域です。 また子ども自身の意見や考えを表明する権利を担保するための支援体制も築かれてきました。 トロントでは社会的養護のユースたちも例外ではなく、自身が声を上げ、自分たちの生活の実態や本音を州政府に直接訴えるなど、「子どもアドボカシー」が実践されてきました。 例えば2010年には州議事堂で公聴会を開催し、ユースたち自身が企画から運営まで担当。この経験を通じてユース同士がつながり、新たなコミュニティも生まれました。

この先進的な取り組みを実際に見て体験してほしいという思いが、今回の交流プログラムの原点でした。 わたしたちは、カナダのユースたちが自分の意思を周りに伝え、進路などの人生の選択を主体的に決めていく姿が、日本の子どもたちの大きな刺激になるはずだと確信していました。 また彼らと交流する中で、子どもたちが具体的なロールモデルに出会うことを、願っていました。

今回のプログラムでは、日本の子どもたちが、トロントのユースたちと実際交流することを通して「子どもアドボカシー」の姿勢を学んだ後、自分自身でも「アドボカシー」を体感するために、公聴会を実施。カナダ滞在の1週間で、彼らの中に確かな変化が芽生えていくのを目の当たりにすることができました。

※今回のプログラムの現地のコーディネートを担当した菊池幸工さんの、長年にわたる子どもたちの国際交流の軌跡と、カナダでの子どもの権利擁護の仕組みについてのインタビューコラムも併せて、ぜひお読みください。

前編: https://benesse-kodomokikin.or.jp/column/2024/07291073.html
後編: https://benesse-kodomokikin.or.jp/column/2024/09271108.html

トロント記事

■日本の児童養護施設で暮らす子どもたちの現状

社会的養護制度のもとで暮らす子どもたちの生活には、スマートフォンの使用時間や就寝時間などの様々な決まりごとが設けられ、規律のある環境が保たれている施設もあります。

また多くの子どもたちは親族からの支援を受けることが難しく、施設職員の不足や役割の多様化により、自分の話を親身になって聞いてくれる人や深いつながりが不足しがちです。 その結果、些細な要望であっても、自分の気持ちを相手に伝える経験が乏しくなっている場合があります。

進路選択においても課題があります。 18歳で施設を退所した後の大学進学率は約18%で、全国平均の50%を大きく下回っています。 経済的支援や親族からの支援を受けることが難しいため、施設では退所後の生活の安定と早期の自立を促すために就職が推奨されることもあります。また、経済的なハンディキャップによって、子どもたち自身が大学進学や留学などの挑戦を「自分には無理だ」と諦めてしまうケースも少なくありません。

このように、日本、特に児童養護施設においては、トロントのようにアドボカシーの概念が十分に浸透していない現状があります。 子どもと関わる周囲の大人や、子どもたち自身も自分が持つ権利についての認識を深めることが大切です。 特に施設内では、ルールも多い集団生活の中で、子どもたちが自分の気持ちや希望を伝える機会が限られてしまうこともあるようです。

安心して生きていく権利や、自分の意見や希望を言うことができる「子どもの権利」は、すべての子どもが持っているものです。 そのため、自分たちが持つ権利について社会的養護の子どもたちに伝えることや、それをサポートする「子どもアドボカシー」の浸透が、強く求められていると私たちは考えています。

■カナダのユースの姿勢に感銘をうけて、変わっていく日本のユースたち

今回の短期留学プログラムは、5月の事前研修からスタートしました。 島根県海士町に集まった参加者たちは、カナダや「子どもアドボカシー」について学びながら、メンバー同士の関係を深めていきました。
そして7月、関西、中国、関東、東北地方などの全国各地から集まった8名の高校生たちは、1週間のトロント滞在に臨みました。 滞在中はトロント大学の寮で生活します。 これには、将来、子どもたちが留学を希望した場合に具体的なイメージを持てるようにという意図も込められていました。

~滞在中の主なプログラム~



1・2日目:


ートロントの社会的養護の若者たちとの交流

ーオンタリオ州の児童福祉や児童養護制度についての学習と意見交換


3日目:


ー「大人」に伝えたいメッセージを作成するワークショップ


4日目:


ーオンタリオ州議事堂にて、ユースと大人の意見交換会「公聴会」を実施


5日目:


ーフードバンク施設での「ボランティア活動(食品の箱づめ)」

滞在前半は、青少年資源センター(Pape Adolescent Resource Center、通称:PARC)などの支援施設を訪問しました。 約20名のトロントのユースたちが集まり、同じ社会的養護という環境で育った者同士、施設での1日の生活や、どのようなルールや制度がそれぞれの国であるかなど経験や思いを分かち合いました。

トロントのユースたちは、「自分の意思や意見を聞かれることなく、里親や入居する施設が決まり、過去に10か所以上も住む場所を点々として辛い経験をした」等の壮絶な経験を語り、また自分の考えを堂々と発言していました。 その姿に、日本の高校生たちは大きな衝撃を受けたようです。 「自分の権利が侵害されていておかしいと思ったことに関して、自分の声を政府に届ける姿がすごいと思った」などの感想が聞かれ、また交流を通じて「自分と共通する点がたくさん見つかり、ひとりじゃないと思えた」と語る高校生もいました。

3日目には、トロントの若者たちとの出会いを踏まえ、より深い学びへと進みました。 自分にとっての「リーダーとは何か」「成功とは何か」、一人ひとりがこうした問いと向き合うワークショップを行い、4名ずつのグループに分かれて、翌日の公聴会で発表する「大人に伝えたいメッセージ」をまとめていきました。

発表方法やチームでの話し合いの進め方は、子どもたち自身が決めていきます。 滞在先の寮では、夜遅くまで参加者同士が熱心に相談し、語り合う姿も見られ、その主体性と熱意に心を打たれました。

※PARC...トロント市内の4つのChildren's Aid Society (通称CAS:日本の児童相談所に当たる)が州政府から予算をもらい、共同で運営される組織です。社会擁護の子どもたちに様々なプログラムを提供して、自立のための支援を促します。

■日本のユースが大人に向けて発した力強い声

これまでの3日間、カナダのユースたちがアドボカシーを実践する姿をみて来た日本のユースたち。 4日目にはついに自らアドボカシーを実践する会として、こどもアドボカシー公聴会が開かれました。 長テーブルを挟んで子どもたちと大人たちが向き合い、一人ひとりが自分の言葉で周囲の大人に伝えたい思いを発表していきました。

ある子どもは、続けたかった部活動を諦め、施設退所後の生活のための貯蓄を優先するよう周囲の大人からアドバイスされた経験を語りました。 その言葉には確かな力強さが宿っていました。 「お金が理由で自分の将来の選択肢に制限がかかっている」、「夢をこうしたら叶えられるのではないかというサポートを大人にしてほしい」と話してくれた子もいました。 参加した大人たちも、全神経を集中させて一人ひとりの言葉に耳を傾け、その思いを丁寧に受け止めていきました。 子どもたち一人ひとりが、自分の経験から紡ぎ出した言葉で大人たちに語りかける姿に、私たちは心を揺さぶられました。

1日目や2日目のカナダの社会的の若養護者たちとの交流で大いに刺激を受け、自分たちも勇気を出して話そうときっかけを得た子どもたち。
この公聴会での体験を通じて、子どもたちが「自分の声には価値がある」という確かな実感を得られたのであれば、嬉しく思います。

■新たな一歩を踏み出す子どもたち

今回のトロントでの交流の機会を通して、子どもたちは日々多くの変化を見せてくれました。
できないだろう...」と諦めがちだった子どもも、「このくらいならできる」と前向きに捉えられるようになり、行動できる範囲が広がっていきました。
帰国後に施設で高校生グループを立ち上げ、「これまで言えなかった施設への意見」を取りまとめて大人たちに伝える活動を始めた子もいます

そのほかにも、トロントに滞在期間中に、英語での自己紹介に毎日工夫を重ねて進化させたり、Google翻訳を駆使したりながら、積極的に現地の人々と交流する姿も見ることができました。

異文化との出会いは、子どもたちの可能性も大きく広げました。 国際交流や通訳の仕事に新たな興味を持った子。密かに抱いていた夢を堂々と口にできるようになった子。 カナダで自分の英語力不足に気づき、悔しさをにじませていた子は、その後の努力が実を結び、「大学在学中のアメリカ留学が決まった」と、明るい表情で報告してくれました。

たった1週間の留学体験でしたが、子どもたちは視野の広がり、行動力、リーダーシップなど、驚くべき成長を見せてくれました。トロントでの経験は、子どもたちが「自分の声には価値がある」と気づき、自らの人生を主体的に考えていくための大切な機会となったように思います。

ベネッセこども基金は、様々な環境にいる子どもたち一人ひとりが、自らの可能性を広げられる社会を目指して、子どもたちの支援に取り組んでいきます。



構成/柳澤聖子

SNSでこの記事をシェアする

一覧に戻る